เข้าสู่ระบบ翌朝、総帥室へ入った私は、自分の机の前で足を止めた。
机の上に、一台のスマートフォンと黒いカードケースが置かれている。
「これは何ですか?」
「業務用端末と、車両の利用証です」
答えたのは榊原さんだった。
「昨日の件を受け、当面は出退勤時に社用車を利用していただきます」
「当面とは、いつまでですか?」
「安全上の懸念が解消されるまでです」
ずいぶん曖昧な期間だった。
「帝人さんの指示ですね?」
「そうだ」
執務室の扉が開き、帝人さんが現れた。
「今日から一人で退社するな。外出時も行き先を榊原へ伝えろ」
「昨日、今後のことは話し合うと言いましたよね?」
「話し合うために必要なものを用意した」
「もう決まっていますけど」
「必要性は変わらん」
帝人さんは迷いなく私の机まで歩いてくる。
「昨日の男は、お前の退社時刻を把握してい
現場を見た翌日、皇ビジネスパートナーズの真壁社長と人事責任者、それから現行の評価制度を設計した担当者が本社へ集まった。 机の上には、現在の評価表と、過去二年分の部署別実績が並んでいる。 帝人さんは最初から制度をすべて作り直すつもりではなかった。「今の評価制度にも残す部分はあります。売上や利益を見ること自体は必要だし、事故や苦情を減らす目標も間違っていない。問題は、発生件数だけをそのまま評価へ結びつけたことです」 真壁社長が頷く。「報告した部署ほど、不利になる状態ですね」「ああ。そこを外す」 人事責任者が資料へ書き込みながら確認する。「では、事故や苦情の報告件数を評価項目から削除する、ということでしょうか」「全部は削らない」 帝人さんはすぐに答えた。「実際に問題が多い部署まで同じ扱いにしたら、今度は管理責任が見えなくなる。見るべきなのは、件数だけじゃない」 私は横で聞きながら、現場で会った男性社員のことを思い出していた。 彼は問題を起こしたくて黙っていたわけではない。報告した方が損になる制度の中で、それなりに合理的な判断をしただけだった。「じゃあ、何を評価するんですか?」 私が聞くと、帝人さんは評価表の余白に線を引いた。「発生したか。早く報告したか。同じ原因を繰り返したか。報告後に改善したか。この四つは分けて見る」「一件の事故でも、全部同じ減点にはしない?」「ああ。例えば、本人に防げない設備故障を見つけてすぐ報告し、原因まで特定して再発防止につなげた人間を減点する理由はない。逆に、軽微だからと放置して同じ問題を十回繰り返したなら、件数が少なく見えても評価は下げるべきだ」 人事責任者が少し考えてから言う。「それなら、早期報告を加点対象にする案はいかがでしょうか」「単純な加点にはしない」 帝人さんが即座に返した。「報告一件につき何点、のような制度にすれば、今度は報告件数を増やす方が得になる。現場で解決で
皇ビジネスパートナーズの現場を訪れたのは、それから二日後だった。 今回向かったのは、法人向けの設備管理や清掃業務を担当している事業所の一つ。真壁社長には事前に訪問することだけ伝えていたものの、時間までは細かく指定していなかった。 帝人さんが来るからといって、普段と違う状態を作られたくないからだ。「帝人さん、思ったより普通ですね」 事業所内を見回しながら言うと、帝人さんがこちらを見る。「何を想像していた」「もっと緊張してるかと思ってました。皇社長が来るって分かってるなら、皆さん固まってるかなって」「それなら来る時間を知らせなかった意味がない」 確かに。 受付や管理担当者は多少緊張しているようだったけれど、現場そのものは普段通り動いているように見えた。 帝人さんは責任者から一通り説明を受けたあと、報告フローについて確認した。「軽微なトラブルが起きた場合、どこまで上げます?」「現場責任者で処理できるものは、基本的にその場で対応します。顧客影響が大きい場合や、同様の事案が続いた場合は本部へ報告します」「続いた場合、という基準は?」 責任者が少し迷った。「明確に何件という決まりは……ありません。現場判断です」 帝人さんはそれ以上追及せず、実際の記録を見せてもらうことにした。 そこで出てきたのが、先日資料でも確認した同種の設備不具合だった。「この三件、原因は同じですか?」 帝人さんが聞くと、担当していた男性社員が答えた。「はい。部品の劣化です。ただ、交換すればすぐ復旧できたので、重大なものではないと判断しました」「三回とも?」「はい」「本部へは?」「上げていません」 その場の空気が少しだけ変わる。 男性社員も、それを感じたらしい。表情が硬くなった。「申し訳ありません。私の判断です」 すぐに頭を下げた。
皇ビジネスパートナーズの社長が本社へ来たのは、翌日の午後だった。 名前は真壁社長。五十代半ばで、現在の会社を任されてから三年になる。その間に売上と利益を伸ばし、赤字だった一部事業も整理した実績がある。 少なくとも、数字だけを見れば優秀な経営者だった。「今回の資料については拝見しました」 真壁社長は席へ着くと、帝人さんをまっすぐ見た。「皇社長が懸念されている点も理解しています。ただ、最初に申し上げておきたいのですが、現行制度へ変更してから業績が改善したことも事実です」「そこは否定していません」「売上は六四半期連続で計画を上回り、営業利益率も改善しています。重大事故は発生しておらず、主要顧客の契約継続率も上がった。現場処理の件数だけを見て、制度そのものが誤りだったと判断されるのは早いのではないでしょうか」 予想していたより、かなり強く出てきた。 でも帝人さんは表情を変えず、机の上に置いてあった資料を一つ開いた。「俺も、制度そのものが全部間違いだとは言っていません。結果を出した部分まで否定するつもりもない」「でしたら――」「その結果が、何によって作られたのかを確認しています」 真壁社長が言葉を止める。「売上が伸びた。利益も増えた。そこは成果です。一方で、設備更新費は一八%減り、研修費も削減され、離職率は上がっている。正式な苦情と事故報告は減っているのに、現場処理された同種のトラブルは増えている。この状態で利益だけを見て、『効率化に成功した』と結論づけるのは早いでしょう」「設備更新については、安全上問題のないものだけを先送りしています。研修も内容を見直し、不要な集合研修を減らした結果です」「それなら、その判断自体は問題ありません」 帝人さんはあっさり認めた。 真壁社長が少しだけ意外そうな顔をする。「俺が聞きたいのは、削ったことではない。削った結果として何が増えたかまで見ているかです。設備更新を一年延ばして今期の費用が減ったとしても、来期に故障率が上がれば、その費用は消
皇ビジネスパートナーズから評価制度に関する資料が届いたのは、翌日の午後だった。 部署ごとの評価項目、管理職査定、問題発生時の報告フロー。それぞれを単体で見れば、特別おかしな制度には見えない。 売上目標の達成率。 利益率。 顧客満足度。 業務上の事故や苦情の発生件数。 どこの会社にもありそうな項目が並んでいる。 でも、前回までに見つかった資料と一緒に並べると、引っかかる部分があった。「帝人さん、これじゃないですか?」 私は管理職評価のページを開いた。「事故や重大な苦情が発生すると、部署評価から減点されるようになってます」「ああ」「しかも、正式報告された件数がそのまま評価に入るんですね」 例えば、同じような小さな設備不具合が三件起きたとする。 三件すべてを正式に報告すれば、部署側には三件分の記録が残る。 でも現場で処理し、本部へ上げなければ、その数字には入らない。「これって……」 私は別の資料も確認した。 顧客対応の評価も似ている。正式な苦情として登録された件数は評価対象になるが、「問い合わせ」や「現場対応完了」に分類されたものは対象外だった。「報告すると、数字が悪くなるんですね」「そういう設計だな」 帝人さんは資料を見ながら、淡々と答えた。「でも、問題を早く見つけて報告した人も減点されるんですよね?」「ああ。原因が本人にあるかどうかはほとんど区別されていない」「それなら、自分から言いたくなくなりますよ」「そうなる」 私は少し黙った。 誰かが「隠せ」と言ったわけではない。 でも。 正直に報告すれば、自分の部署の評価が下がる。 管理職なら、自分の査定にも響く。 逆に、現場だけで処理してしまえば、評価上は何も起きていないことになる。「&
追加資料が揃ったのは、それから三日後だった。 皇ビジネスパートナーズから届いたのは、退職理由の集計、顧客対応履歴、設備更新の延期一覧、それから各部署で処理された軽微なトラブルの記録だった。 私は帝人さんの机に資料を並べながら、先に確認した内容を簡単に整理する。「退職理由は『一身上の都合』が一番多いです。顧客対応は、苦情として正式登録されたもの以外に、各部署で完結した問い合わせがかなりあります。それから設備更新の延期は十七件です」「十七」「はい。ただ、全部すぐ危険があるものではなくて、稼働に問題がないものは次年度以降へ回した、という説明になってます」 帝人さんは返事をせず、まず退職理由の一覧から見始めた。 私は向かい側に座り、別の資料を開く。 数字そのものに不自然なところはない。 でも。 前回の業績資料と並べると、少し見え方が変わる。「小春」「はい?」「『一身上の都合』の内訳は?」「そこまでは来てないです。人事面談の原文は個人情報があるので、今回は集計だけです」「なら匿名化して出させろ。理由を分類した側の基準も必要だ」「分かりました」 帝人さんは次に顧客対応履歴を開いた。 正式な苦情件数は、やはり大きく減っている。 その一方で。「帝人さん、これ」「何だ」「『問い合わせ』扱いの中に、実質かなり強い不満が混ざってます」 私は一件を表示した。 清掃サービスの契約先から入った連絡で、同じ箇所の対応遅れが三回続き、担当者の変更まで求められている。「これ、普通に苦情じゃないですか?」「分類上は問い合わせだな」「どうして?」「まだ分からない」 帝人さんは別の案件も開いた。 納品時間の遅れ。 担当者の連絡不足。 設備点検の再実施。 どれも最終的には現場で処理
星空のしおりをもらってから数日後。 帝人さんの机の上は、いつもの仕事用の資料で埋まっていた。 休日にプラネタリウムへ行った人と、今目の前で複数社の業績資料を同時に確認している人が同一人物だということにも、もうあまり違和感はない。「帝人さん、四半期報告の追加分です」「ああ。そこに置いてくれ」 私は資料を机の端へ置いた。 皇グループ傘下の各社から集められた定例報告で、今回は大きな問題もないと聞いている。実際、先に目を通した限りでは、ほとんどの会社が計画の範囲内だった。 その中でも、一社だけ数字がかなり良かった。 皇グループ傘下で施設管理や法人向けサービスを手がける皇ビジネスパートナーズ。ここ一年以上、売上も営業利益も目標を上回り続けている。「ここ、すごいですね」 私が言うと、帝人さんの手が止まった。「どこだ」「皇ビジネスパートナーズです。今期も目標超えてますよ。利益率も上がってますし」 普通なら褒めるところだと思った。 でも帝人さんは資料を受け取り、数字を一つずつ確認したあと、なぜか別のページを開いた。「小春、過去二年分も出せるか」「ありますよ。ちょっと待ってください」 共有フォルダから過去の報告を開き、必要な部分をまとめて表示する。帝人さんは売上だけでなく、人件費、設備投資、離職率、顧客対応件数まで順番に追っていた。「……何かあります?」「まだ分からない」 そう言いながらも、目は止まらない。「売上は六四半期連続で計画超過。営業利益率も上がっている。ここまではいい」「ですよね」「設備更新費は?」「前年同期比で一八%減です」「研修費も下がっているな」「十二%ですね。でもコスト削減が進んだなら、それも良いことなんじゃないですか?」「理由が説明できればな」 帝人さんは次のページへ進んだ。